重厚な構えの長屋門の前に、新選組遺蹟の石碑が建ち、誠の旗がはためく。ここが新選組発祥の地となった八木邸だ。
門前には、隊士が水を飲んだという井戸や、隊士が腰掛けたと称される石の案内板もあって面白い。
大河ドラマの舞台になっていることもあって、休日ともなると行列ができるほどの賑わいだ。
文久3(1863)年2月、江戸から来た浪士組は壬生に入り、近藤勇・芹沢鴨らがここ八木源之丞宅を宿舎とした。
以来慶応元年、西本願寺に移るまで隊士達が宿舎とし、移転の後も隊士は懐かしがってがって度々遊びに来たそうだ。
内部はガイドさんが案内して下さる。
玄関を上がると番所三つ道具と言われる魔除けの道具が架けてある。仏間への入り口は刀を振り回せないようにわざと低くしているそうだ。
文久3年9月16日夜、局長芹沢鴨、妾お梅、平山五郎が、就寝中刺客(土方、山南、沖田、原田?)に暗殺された。
入ってすぐの仏間に寝ていた平山がまず犠牲となり、次に奥の床の間にいた芹沢鴨とお梅が襲われた。芹沢は床の間に架けてあった脇差しで応戦したが、隣の部屋で転んだところを斬りつけられ、絶命したという。
縁側沿いの部屋の鴨居にはこの時斬りつけられたと言われる刀傷が残っている。芹沢がつまづいたと言われる文机もさり気なく置いてある。
座敷には、近藤勇像が置いてある。
ケヤキの一木造りで四角張った近藤の特徴をよく捉えている。
芹沢の殺された部屋で近藤が睨みを利かせているとは、何とも皮肉なものだ。
縁側からは緑が美しい中庭が見える。新選組のいたころは縁側から二条城が見渡せたそうだ。
土間にある広い台所も見学できる。
館内は写真撮影は禁止(近藤勇像だけはOK)だが、絵はがき(\800-)が販売されている。その中の1枚に八木家のお通夜の時に書かれた「野辺帖」(芳名録)があった。近藤勇、沖田総司、斎藤一らが署名をしている。この時、局長の芹沢鴨と近藤勇が受付を買って出たという。芹沢と近藤が並んで受付をしたのは魔よけの道具が飾ってある入り口の間だ。
屯所内の見学を終えたら、八木家が経営する隣の茶房・鶴壽庵で一服しよう。屯所餅とお抹茶がセットで楽しめる。屯所餅は壬生菜を刻んで皮に混ぜてある大福。餡は丹波大納言を使っている。餅の柔らかさと壬生菜のシャキシャキ感のコントラストがたまらない。
隣の京菓子司・ 京都鶴屋で売っているので壬生土産に最適。新選組ファンには「誠最中」、壬生狂言帰りには、炮烙を型取ったどら焼き「壬生炮烙」もおすすめ。
新選組グッズも豊富にある。 |