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ガンデンデン♪
壬生寺では、毎年節分と四月下旬、十月中旬に壬生狂言が上演されている。パントマイム風のユーモラスな仮面劇。新選組隊士達も会津藩の人々と鑑賞したそうだ。
綾小路、千本、仏光寺、坊城の通に囲まれ、広大な境内を持つ壬生寺は壬生狂言でも有名だが、新選組ゆかりの寺としても有名だ。
新選組は壬生寺境内で軍事訓練をしていた。
大砲の訓練までしていて、寺側はとても迷惑したらしく、朝廷に嘆願書を提出している。
西本願寺に屯所が移されてからも「大砲の訓練は壬生寺で。」ということになって災難は逃れられなかった。
又、沖田総司が壬生寺の境内で近所の子供達と遊んでいたという話も有名だ。今、境内には保育園と老人ホームがあり、子供が大勢走り回っていたり、お年寄りが日向ぼっこをしていたり、とのどかな風景が見られる。子供好きの総司がこの風景を見たら、喜ぶかもしれない。
最近新築された阿弥陀堂の中をくぐって、小さな賽銭箱に100円入れると、新選組隊士の墓「壬生塚」を拝観できる。
一番目を引くのが近藤勇像。
口を真一文字に引き結び、いかめしい銅像だが、角度を変えて後ろからみると、くるんとはねたポニーテールが意外とかわいかったりする。
左隣には近藤の遺髪塚、その横には会計方・河合耆三郎の墓がある。長細く、五輪の塔がちょこんと上に乗っているこの墓は、隊費出納の不始末から切腹を申しつけられた河合のために遺族が建てたもの。
その横には芹沢派の田中伊織(新見錦)野口健司、池田屋事件で死亡した奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門ら7人の合同墓。その横には八木邸で暗殺された芹沢鴨と平山五郎の墓がある。
少し小振りの芹沢らの墓は他の墓石に比べて新しい。
元々は仏光寺通を挟んで向かい側にある壬生墓地(ここには八木家代々の墓がある)に葬られていたが、後に改葬されたそうだ。
最近建てられた碑には、新選組顕彰碑や、100円を入れると三橋美智也の歌が流れ出す「ああ新撰組」の歌碑もある。
以前は近藤勇像の下にあったファンの思いを綴ったノートは、今では、専用の置き場が設けられ、記入用のペンや机も用意されている。
阿弥陀堂の中では、新選組関係の書籍類、壬生寺の案内記、各種新選組グッズや絵はがきなどを販売している。
隊士個々の名前をつけた飴も、手ごろなお土産として人気がある。
2004年から、阿弥陀堂の地下に歴史資料館がOPENした。壬生狂言や新選組、壬生寺に関する資料が展示されている。
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