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文久3(1863)年2月、将軍警護の名目で上洛し、壬生に分宿した浪士隊。主唱者の清河八郎らが江戸に帰った後も、近藤勇、芹沢鴨ら一部の者は京に残り、京都守護職の会津藩主・松平容保の庇護の下、「新選組」を結成し、京都の警護に当たった。
水菜畑に囲まれたのどかな地・壬生は、新選組の屯所が置かれ、にわかに騒がしくなった。
隊士達は壬生の地を結構気に入っていたようで西本願寺に屯所移転後も、生き残った者は明治維新後にも、度々訪れている。
「壬生浪」と呼ばれ、京の人々に恐れられながらも、誠を貫き、警察活動を行った新選組。
隊内粛清の嵐で京に血の雨を降らせた感も強いが、実態はいかに?
幕末に新選組が屯所を置き、隊士達が約2年間暮らした壬生の現在はどうなっているのだろう?
大河ドラマ『新選組!』が終わり、序々に落ち着きを取り戻しつつある壬生を歩いてみよう。 |
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