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壬生界隈
壬生トップ 壬生寺 光縁寺他 八木邸他
住所:下京区綾小路通大宮西入ル
拝観時間:9:00〜17:00
参拝料:100円

丸に右離れ三つ葉立ち葵
■丸に右離れ三つ葉立ち葵
山南敬助の墓
■山南敬助の墓
沖田氏縁者の墓
■沖田氏縁者の墓
新選組関係者の墓
■新選組隊士の墓
焼印入りのせんべい
■焼印入りのせんべい
馬小屋跡
■新選組馬小屋跡
蔵
「新選組之墓」という石碑が門前に立つ光縁寺。
軒丸瓦は「丸に右離れ三つ葉立ち葵」。
この寺紋が新選組の総長・山南敬助の家紋と同じだったこと、当時の住職・良誉上人と同い年だったことなどから、二人の間には親交が生まれたという。

山南の紹介で、屯所で切腹したり非業の死を遂げた隊士達がこの寺の墓地に葬られるようになった。後に山南自身も葬られることになってしまったのは悲しいことだが・・・。

門は閉まっていることもあるが、左側の小門から入ることができる。
庫裏で墓参料を払い、本堂脇の道を通って墓地へ向かう。
新選組関係者の墓は墓地の東北奥の4基だ。

最奥の1段高い所には比較的新しい(昭和51年建立)沖田氏縁者の墓がある。沖田総司の内縁の妻とも言われる謎の女性である。
左隣は総長・山南敬助ら5名の合同墓。
訪れる度に墓石が朽ちていくような気がしてならない。
山南は北辰一刀流免許皆伝、文武両道を兼ね備え、親切者でもあったので、壬生の住人から人気があった。
しかし、慶応元年2月、屯所移転問題などで新選組の現状を憂い脱走を図り(脱走はしていないとの説もあり)、前川邸で切腹した。

その左隣は大石造酒造(おおいしみきぞう)の墓。
彼自身は隊士ではないが、祇園で新選組の今井裕二郎に惨殺された。兄の隊士・大石 鍬次郎の繋がりでここに葬られたのだろう。

その左隣は四番隊組長松原忠司、櫻井勇之進、田内知ら12人の合同墓。又、油小路の変で亡くなった伊東甲子太郎、藤堂平助ら4人も最初は光縁寺に葬られたが、後に戒光寺に改装された。
その左側には、山南と仲が良かった良誉上人ら歴代住職の墓も並んでいる。

光縁寺に葬られた新選組隊士や関係者達の顔ぶれを見ると、切腹や暗殺など、非業の死を遂げた人々が多い。
胸の締め付けられる思いで、4基の墓にそっと手を合わせた・・・。

光縁寺本堂には、新選組関係者の位牌が安置されている。
今でも毎日、住職が供養されているそうだ。
本堂の本棚には新選組や幕末関係の書籍がずらり。
貴重な古写真もあり、じっくり読んでいると、時の経つのも忘れてしまいそうだ。


--新選組馬小屋跡--
光縁寺の西南角、郁文中学グランドの手前辺りにかつて新選組の馬小屋があった。現在は住宅と駐車場になっている。
新選組が屯所としていた前川邸の敷地内にも馬小屋があったそうだが、手狭になったため、光縁寺付近にも馬小屋を作ったのだろう。

住所:下京区坊門町付近
 

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