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2006年07月23日
大友皇子、山前で自害。壬申の乱集結。/672年7月23日

672年7月23日、前日の瀬田川の戦いで敗れた大友皇子は、山背国山前の地で首をくくり自害しました。皇子の首は美濃国不破宮にいる大海人皇子の元に届けられました。
大友皇子は学問に通じ、『懐風藻』に掲載されるほど漢詩が巧みでした。しかし、皇位継承の戦いに敗れ、25歳でその生を終えました。
ここに壬申の乱は集結。大海人は翌年即位して天武天皇となりました。
写真は大友皇子の木像を安置する七条大橋西の松明殿稲荷神社です。
===7/22のその他の出来事===
<歴史>
★1335年、足利直義、護良親王を殺害。
★1651年、由井正雪の謀叛計画が発覚。
★1842年、天保の薪水給与令。
★1864年、第1次長州征伐。新選組は高槻で長州藩の武器・弾薬を押収後、壬生に帰る。
<命日>
★宮崎安貞(農学者・1697年没・享年75歳)
<誕生日>
★二宮尊徳(農政家・1787年生)
★幸田露伴(作家・1867年生)
★松方弘樹(俳優・1942年生)
★三上博史(俳優・1962年生)
<記念日>
★ふみの日
★大暑
投稿者 kyotox : 2006年07月23日 00:39
