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2006年02月23日

浪士組上洛し、壬生村に分宿/文久3(1863)年2月23日

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 文久3(1863)年2月23日、将軍警護と京の治安維持のため京に向かっていた浪士組が、上洛しました。
この日、京の入り口の三条大橋に、等持院の足利三代の木像の首がさらされるという事件が起こりましたが、浪士組は無事に入京。
洛西・壬生村の新徳寺、八木邸、前川邸、南部邸などに分宿することになりました。
しかし、この日の晩、浪士組の提唱者・清河八郎は、新徳寺に浪士達を集め、尊皇攘夷の大演説をしました。
清河の意に従い、浪士組のほとんどは到着早々江戸に帰ることになりましたが、近藤勇・芹沢鴨ら17人は京に残ることになりました。
 写真は、清河八郎が大演説をした新徳寺です。

===2/23、その他の出来事===

<歴史>
★1069年、後三条天皇、荘園整理令を出す
★1576年、織田信長、安土城に引っ越す
★1784年、金印発見
★1865年、新選組総長・山南敬助、切腹
★1868年、堺事件の当事者、切腹

<命日>
★島津家久(薩摩藩主、1638年没)
★山南敬助(新選組総長)

<誕生日>
★池田満寿夫(版画家・小説家、1934年生)

<行事>
★五大力尊仁会(醍醐寺)

<記念日>
★税理士記念日

投稿者 kyotox : 2006年02月23日 00:54

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