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2005年06月05日
池田屋騒動、起こる/元治元(1864)年

元治元(1864)年6月5日、夜、新選組は三条小橋の旅籠・池田屋を襲撃。早朝に捕縛された古高俊太郎奪還や京都を火の海にする計画を話し合っていた尊攘派浪士と斬り合いになりました。
この戦闘で浪士側は肥後の宮部鼎蔵ら多数の死傷者を出しました。長州の吉田稔麿は藩邸に助けを求めに行きましたが、門を閉められ自刃。桂小五郎は事前に逃れて無事でした。新選組側も奥沢栄助が即死。ほか二名も重傷を負い、後に死亡しました。藤堂平助は額を着られ重傷。沖田総司は戦闘中に血を吐いて昏倒したと言われています。
不逞浪士の陰謀を未然に防いだことから、この事件をきっかけに、新選組の名が一躍有名になりました。
写真は池田屋騒動跡のプレートです。
===6/5、その他の出来事===
1247年、北条時頼、三浦一族を討伐。(宝治合戦)
1942年、ミッドウェー海戦で日本軍大敗。
投稿者 kyotox : 2005年06月05日 13:19
